市場は無限 今宵は福島の酒で一献



 東日本大震災でびくともしなかった酒蔵を改造した直売所で、磐梯山を借景とした庭園を眺めながらたしなむ日本酒は格別だ。10種類以上の地酒が並び、運が良ければ国際的なワインコンテストで最高位を受賞した大吟醸を試飲することができる。

 江戸時代創業の酒蔵が多く残る福島県。醸造アルコールを大量に加えた割安な普通酒が主流だったこともあり、20年前まで酒どころ東北でも評価が低かったが、一変させたのが1992年設立の県清酒アカデミー職業能力開発校だ。酒蔵の跡継ぎが集い、門外不出だった各蔵の技術を公開し、県全体の水準を向上。今年の全国新酒鑑評会では、金賞受賞銘柄数で5年連続日本一の栄誉に輝いた。

 3代目の唐橋幸市郎氏(70)が清酒アカデミーの立ち上げに関わったほまれ酒造(喜多方市)はその象徴だ。2015年にロンドンで開かれたインターナショナル・ワイン・チャレンジの日本酒部門で最高賞を受賞し、毎年輸出を倍以上伸ばす。4代目の唐橋裕幸社長(44)は「世界で一番おいしい酒を造っているのは福島だという強みがあれば、風評被害を乗り越えられるのではないか」と話す。

 ◆シンボル的存在

 震災から6年がたつ今も、東京電力福島第1原発事故の影響で農産品や水産物の売り上げは国内外で苦戦が続く。外務省によると、福島県からの食品の輸入停止を含む規制をかけているのは55カ国・地域(2017年12月12日現在)に上る。一方で、日本酒の輸出は好調で、16年度は2.2億円と12年度比で倍増。復興のシンボル的な存在だ。

 酒蔵が海外に目を向けるのは、普通酒を中心に国内市場が縮小の一途をたどっているからだ。15年度の消費量は55万キロリットルと20年前の半分以下に減少した。唐橋社長は「海外には市場が無限にある」と話す。同県の市村尊広県産品振興戦略課長は、日本酒が海外で消費を伸ばしているのは地元経済にとって「希望の光」と語る。

 市場縮小や震災後の風評被害に直面し、生き残りをかけ各蔵が取り組んだのが純米や吟醸など付加価値の高い酒への転換だ。創業1711年の仁井田本家(郡山市)の売りは無農薬、無肥料の米。日本酒に欠かせない麹(こうじ)づくりには手作業で2昼夜かけ、自然界の乳酸菌を生かして酵母菌を増やす江戸時代から続く生●(きもと)の手法にこだわる。

 県酒造組合会長を務める末廣酒造(会津若松市)の新城猪之吉社長(67)は、生●系の山廃●(やまはいもと)の元祖を自任する。生●、山廃●ともに人工乳酸を加えた主流の速醸●(そくじょうもと)に比べて倍の時間がかかるが、うまみが増し、燗(かん)酒に合う。「普通酒は滅び行く市場」という新城社長は、普通酒の代わりに価格を抑えた山廃仕込みを広める戦略を描く。

 普通酒からの転換に遅れた1718年創業の花春酒造は、ラーメンの全国チェーン、幸楽苑ホールディングス(郡山市)の新井田傳社長(73)の下で再生を図る。価格を抑えた辛口純米酒が今年、全国燗酒コンテストで最高金賞を受賞。新井田社長は「早くいい酒を造って認めてもらい、創業300年を誇れる酒蔵にしたい」と話す。

 ◆酒蔵ツーリズム

 技術向上とともに取り組んでいるのが酒蔵ツーリズムだ。ほまれ酒造の唐橋社長は米国留学時に訪れた有名なワイン産地、カリフォルニア州ナパバレーのワイナリーに世界中から観光客が集まり、庭園や試飲所巡りを楽しむのを見て「これだと思った」と語る。酒蔵見学できる直売所は同社の稼ぎ頭だ。末廣酒造は30分ごとに見学を行い、多い日は1000人訪れるという。

 仁井田本家は元ジャズピアニストの女将(おかみ)、仁井田真樹さん(40)が蔵の2階に置いたグランドピアノを披露する。自ら開発した発酵食品を販売する月1回の「スイーツデー」には300~400人が集う。後継者として期待しているのは8歳の長女。「次世代が継ぎたいと思うような格好良い蔵を作ることが私たち世代の役割だ」と語る。

 震災を乗り越え、幅広い可能性を模索し始めた福島の酒蔵。今宵(こよい)、その未来に思いをはせ、日本一の酒で一献傾けるのも良いかもしれない。(ブルームバーグ Masahiro Hidaka、Yuko Takeo)

●酉の右に元




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