「話が違う」求人トラブル対策が一歩前進。中途採用でも募集時に固定残業代と裁量労働制の明示へ(上西充子)




 今年(2017年)の3月31日に、求人トラブル対策として重要な内容を含む職業安定法が改正された(関連する省令・指針の制定は6月30日)(※1)。

 今回の職業安定法改正は、求人時の労働条件と実際の労働条件が違うという求人トラブル(いわゆる「求人詐欺」)への対策として重要な内容を含んでいる。

 森友問題や時間外労働の「100時間」上限規制問題の影に隠れ、当時の報道では残念ながら光が当たらなかったが、この記事では、下記の3点に焦点をあてて法改正の内容を紹介したい(※2)。

(1) 一定額の残業代をあらかじめ給与に含ませる「固定残業代」について、募集時に明示を求めることとした。

(2) 実際の労働時間ではなく「みなし労働時間」に対して給与を支払う「裁量労働制」について、募集時に明示を求めることとした。

(3) 実際の労働条件と異なる労働条件を募集時に提示することによるトラブルへの対策を強化した。

募集時における固定残業代の明示を、すべての労働者の募集について求める

 求人票の内容と実際の労働条件が違うという求人トラブルのうち、もっとも代表的なものが賃金をめぐるトラブルである(下記)。固定残業代をめぐるトラブルは、その中でも、もっとも対策が求められてきたものだ。

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出所:若者雇用促進法に関するリーフレット「固定残業代を賃金に含める場合は、適切な表示をお願いします」より

 

 一定額の残業代をあらかじめ給与に含ませる「固定残業代」は、募集時に隠されている場合がある。隠されていると、給与水準が高いと誤認させる効果を持ってしまう。

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 たとえばこのように3社の求人情報があり、B社とC社の固定残業代(水色部分)が隠されていた場合、基本給(白色部分)20万円のA社が実際にはもっとも労働条件が良いにもかかわらず、固定残業代4万円を含んだB社はA社と労働条件が同じに見えてしまい、固定残業代8万円を含んだC社はA社より労働条件が良いように見えてしまう。

 このように見た目の労働条件が良い求人で求職者をひきつけ、労働契約の段階では固定残業代を明示した書面に署名させることによって「合意」に至ったかのように装う、それが典型的な求人トラブルだ。

筆者作成
筆者作成

 

 固定残業代を募集時に隠す問題に対する対策は、徐々に進んできた。まず、ハローワークの求人票では、賃金の内訳を記載させることとなっており、固定残業代を含む場合にはその詳細も記入させるように、求人の受付時に対策が取られてきた。

 次に対策が取られたのが若者を対象とする求人だ。2015年9月18日に成立した若者雇用促進法に基づいて指針(※3)が出され(同年9月30日)、若者を対象とした求人(新卒求人に限定されない)においては、固定残業代について募集の段階で明示することを、事業主や職業紹介事業者に求めた。

 具体的には下記のリーフレットに示されているように、企業が自社の採用ホームページに募集要項を示す際、あるいは職業紹介事業者が求人情報を示す際などに、「固定残業代を除いた基本給の額」「固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法」「固定残業時間を超える時間外労働、休日労働および深夜労働に対して割増賃金を追加で支払う旨」の明示を求めたのである。

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出所:若者雇用促進法に関するリーフレット「固定残業代を賃金に含める場合は、適切な表示をお願いします」より

 つまり、次のような記載はすべて、不適切とされたのである。

◆不適切な記載例

筆者作成
筆者作成

 これは求人トラブル改善のための重要な一歩だったが、若者雇用促進法という法律の名称からもわかる通り、対象は若者を対象とした募集に限定されていた。その限定を解き、中途採用を含むすべての労働者の募集に際して、固定残業代の明示を求めたのが、今回の職業安定法改正の大きな意義だ

 今回の職業安定法改正においても、若者雇用促進法の場合と同様に、固定残業代の明示の必要性は指針(※4)に書き込まれた(改正後の指針の「第三」の「一」の(三)の「ハ」)(2018年1月1日施行)。

 明示すべき内容は上記の若者雇用促進法の場合と同じである。職業安定法改正を受けたリーフレットはまだ公開されていないが、今後は上記のリーフレットに記されたような記載方法で固定残業代を募集時に明示することが、すべての求人について求められる。

 これが徹底されていけば、募集時に固定残業代の存在を隠して見た目の労働条件が良い求人で求職者をひきつける「求人詐欺」問題を解消していくことができる。徹底に向けたしくみについては、後述する。

裁量労働制についても、募集時に明示を求める

 もう一つ今回の職業安定法改正で注目されるのが、裁量労働制についても募集時に明示することを指針に定めたことである(改正後の指針の「第三」の「一」の(三)の「ロ」)(2018年1月1日施行)。

 裁量労働制の場合、実際の労働時間ではなく「みなし労働時間」に対して給与を支払うため、実態に即した残業代が出ない。そのことが募集時に明記されていないのは、本来、大きな問題だ。

 例えば下記のX社とY社は、どちらも月給24万円であるが、X社の場合は残業実態に応じて追加で割増賃金が支給されるのに対し、Y社の場合は裁量労働制(みなし労働時間8時間)であるため、実際の労働時間が9時間や10時間であっても、残業実態に応じた割増賃金が追加で支払われることはない。

筆者作成
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 このようにX社とY社の実際の労働条件は大きく異なるにも関わらず、募集時に裁量労働制の適用の有無は明記されていない場合が多いのが実態だ。

 そのため今回の職業安定法改正では、募集時に明示されるべき労働条件のうち労働時間に関して、裁量労働制による「みなし労働時間」が適用されている場合(労働基準法38条の3に基づく専門業務型裁量労働制もしくは労働基準法38条の4に基づく企画業務型裁量労働制の場合)には、その旨を明示することが指針に定められた(2018年1月1日施行)。

 これも、固定残業代の明示とならび、求人トラブル解消に向けた大きな前進と言える。

求人トラブルへの対策を強化

 ただし、固定残業代にしても裁量労働制についても、「明示せよ」と指針に定めるだけでは、残念ながら実際の明示が進むとは限らない。固定残業代の場合を考えてみると、固定残業代を隠して見た目の賃金を高く見せるために固定残業代制を取っている場合も多いと考えられ、そのような場合には使用者には「隠しておきたい」という気持ちが強いだろう。

 そのような問題を見越して、今回の職業安定法改正では、従来に比べて踏み込んだ対策が規定されることとなった。

 まず、法改正により、虚偽の条件を提示して求人の申し込みを行った者に対する罰則が追加された(職業安定法65条の改正)。

 これまでも、虚偽の広告や虚偽の条件提示によって職業紹介や労働者の募集を行った者に対する罰則は設けられていた。しかし、求人者が職業紹介事業者に対し、虚偽の条件を提示して求人の申し込みを行うことに対する罰則はなかった。

 そのため、例えば求人者が固定残業代を隠して求人内容を伝え、その求人内容に基づいて転職支援業者が求職者に職業紹介を行った場合、転職支援業者に虚偽の条件提示の責任は問いにくく、また求人者に対して虚偽の条件提示の責任を問える根拠となる規定がなかったため、対策を取ることが難しかった。その根拠規定が追加されたのである。

 ただし「虚偽」であることの立証はなかなか困難であるのも実情であるようだ。そこで、虚偽の求人に対する罰則だけでなく、幅広く行政指導を行うことを可能とする規定も新たに追加された。

 第1に、法改正により、指導および助言の対象に、従来からの職業紹介事業者などに加え、求人者が追加された(職業安定法48条の2の改正)。

 

第2に、法改正により、改善命令の対象に、従来からの職業紹介事業者などに加え、求人者が追加された(職業安定法48条の3の改正)。

 第3に、法改正により、厚生労働大臣に対する申告の対象にも、従来からの職業紹介事業者などに加え、求人者が追加された(職業安定法48条の4の改正)。

 これらの規定によって、職業紹介事業者や求人者が適切な労働条件明示を行わない場合などに、厚生労働省(職業安定行政)が幅広く是正に向けた働きかけを行うことが可能となった。

 また、今回の職業安定法改正では、募集時の労働条件と実際の労働条件が異なる場合に、相違点について求職者に説明する義務を新たに求人者や職業紹介事業者などに課しているが(職業安定法5条の3の改正)、この規定だけを見れば、「説明さえすれば、変更してもよい」と都合よく解釈されてしまう恐れがある。

 そのため、安易に労働条件を変更しようとすることへの歯止めとなる規定も複数、設けられている。

 第1に、省令により、求人者は当初(募集時)の労働条件明示の内容等に関する記録を、その明示にかかる職業紹介が終了する日まで保管しなければならないこととなった(職業安定法施行規則4条の2の改正)。

 第2に、指針により、求人者や職業紹介事業者は、原則として、求職者と最初に接触する時点までに労働条件を明示することを求めた(改正後の指針の「第三」の「一」の(四))。

 第3に、指針により、求人者や職業紹介事業者は、明示する労働条件が労働契約締結時の労働条件等と異なる可能性がある場合には、その旨を併せて明示し、異なることとなった場合には速やかに求職者に知らせることを求めた(改正後の指針の「第三」の「一」の(五))。

 第4に、指針により、求人者は求職者に対して、当初に明示した労働条件を変更する場合等には、その変更点等を明示しなければならないこととしたうえで、その明示にあたっては、求職者が変更内容等を十分に理解することができるよう、変更内容等を対照することができる書面の交付などの方法によることを求めた。さらに、変更等の明示は、求職者がその労働契約を締結するかどうか考える時間が確保されるよう、可能な限り速やかに明示することを求めた。さらに、変更の理由について求職者に質問された場合には、求人者は適切に説明することを求めた。さらに、当初の明示は、そのまま労働契約の内容となることが期待されているものであり、その明示内容を安易に変更するなどしてはならないことを定めた(改正後の指針の「第三」の「三」)。

周知と監視によって求人トラブルの解消を

 以上のように、今回の職業安定法改正によって、募集の段階から固定残業代や裁量労働制を明示させる規定が新たに設けられ、安易な変更を防ぐ規定も設けられ、さらに求人トラブルに対して幅広く行政指導を行うことができる規定も設けられたのである。

 その上で、今後は何が必要だろうか。

 まずはこの法改正(省令・指針を含む)の周知啓発が重要だ。残念ながら今のところ、厚生労働省の動きは非常に鈍いと言わざるを得ない。法改正のごく大まかな概要だけは示されているものの、6月30日の省令・指針の制定にあたっても、厚生労働省ホームページの報道発表一覧にさえ通知がなかった。

 また、求職者や求人者、職業紹介事業者向けに法改正の内容を示すリーフレットも、いまだ公開されていない。若者雇用促進法の場合は多数のリーフレットが作成されたが、同様のリーフレットの作成をまずは求めたい。

 さらに厚生労働省からは経済団体や全国求人情報協会などの関係団体、教育機関などへの周知啓発の取り組みも求めたい。またこのような関係機関をつうじた周知啓発だけでなく、最低賃金額を知らせるポスターの掲示のように、ダイレクトに一般の人の目に触れる形の周知啓発も求めたい。

 経済団体から各企業へ、全国求人情報協会から各事業者へ、教育機関から学生へ、などの周知啓発も求められる。若者雇用促進法による求人トラブルへの対処については、連合もシンポジウムを開くなど周知啓発に努めた。今回の職業安定法改正についても、労働組合の取り組みも重要であろう。

 また、求人情報の適正化に向けては、メディアの役割も重要だ。若者雇用促進法に基づく固定残業代の明示については、本来明示されてしかるべき2016年3月の新卒採用の募集要項公開時になっても適切に明示が進んでいないことを朝日新聞が調査によって明らかにして記事で伝え、適切な明示への取り組みを促進した。

朝日新聞の調査により、新卒求人における固定残業代の詳細明示が不徹底である実態が判明(上西充子) – Y!ニュース (2016年5月27日)

 学校などの無料職業紹介機関の役割も重要だ。求人の受付の際に固定残業代の有無や裁量労働制の適用の有無などをチェックする欄を設け、不明点があれば職員から求人者に問い合わせるなどすれば、求人トラブルの防止に役立つ。また、卒業生に募集時と実際の労働条件との相違の有無を追跡調査し、情報を蓄積して在籍者の支援に役立てることも進めていただきたい。就職ガイダンスにおける周知啓発も重要だ。

 個々の求職者には、まずは募集要項をよく確認すること、不明点は確かめること、募集要項を保存しておき、その後の説明や労働契約との相違が生じないか、注意して確認することが必要だろう。そのうえで、相談窓口の充実を求めたい。

 現在でもハローワーク求人の求人トラブルに対しては、「ハローワーク求人ホットライン」が設けられているが、民間の求人に関しても問題求人の情報提供を受け付け、適切な行政指導につなげるための窓口が必要だろう。

 求職者個人のトラブルに対処する窓口だけでなく、求職者から、また学校や職業紹介事業者などから、適切に職業安定行政に情報が届き、職業安定行政が問題のある求人者や職業紹介事業者などに適切に行政指導を行うことによって求人トラブルが是正されていく。そういう体制を整備していくことが職業安定行政には求められる。そのためには窓口の設置だけでなく、対処にたずさわる人員の拡充・整備も必要だ。

おわりに

 これまでは、募集時の労働条件と実際の労働条件が異なることは、やむを得ない場合もあるとされてきた。求職者の能力水準や経験、資格などが求人者の要求する水準に満たない場合や期待を上回る場合に、双方の合意によって募集時とは異なる労働条件で労働契約を締結することはありうるからだ。

 しかし、どういう求職者が応募してくるかによって、賃金に固定残業代を含ませたり外したり、ということはありえない。したがって、募集時に隠されていた固定残業代があとから伝えられる、というのは明らかに問題がある事例だ。裁量労働制の適用についても同様だ。今回の職業安定法改正では、そのような求人トラブルに対処する仕組みが整備されたことに意義がある。

 固定残業代や裁量労働制の有無は、求職者が知りたいにもかかわらず明示されずにきたものだ。それらが適切に明示されるようになれば、求職時のトラブルが予防される。それに加えて、誠実に労働条件を提示して採用活動を行う求人者も、悪質な求人者に採用活動を妨害されることがなくなる。

 本来あるべき労働市場を整備していくことは、労働者だけでなく経営者にとっても重要なことだ。経済界にも、ぜひこの問題に関心をもって関与していただきたい。

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(※1)職業安定法の改正は、2017年3月31日に一括法案である「雇用保険法等の一部を改正する法律」の一部として可決・成立した。関連する省令と指針は2017年6月30日に定められた。これらの法律・省令・指針の内容は、下記の厚生労働省サイトから確認できる。

平成29年職業安定法の改正について(厚生労働省)

なお、関連するリーフレット等も出来上がり次第、上記のページに掲載されるものと思われるが、8月15日現在ではまだ掲載されていない。

(※2)改正職業安定法については、新聞奨学生問題の解消に向けて同改正を活用できないかという観点から下記の記事を既に公開している。本記事には一部、下記の記事と重複する内容を含む。

働きながら通学できる新聞奨学生制度の整備を―職業安定法の改正を受けて―(上西充子) – Y!ニュース(2017年8月11日)

 また、改正職業安定法に基づく指針では、新卒採用について、内定時に書面で労働条件を明示することも新たに規定された。この点については別の記事で改めて取り上げたい。

 他に、本記事では触れなかったが、労働者を派遣労働者として雇用しようとする場合にもその旨を募集時に明示することが職業安定法施行規則4条の2の改正によって新たに求められている(2018年1月1日施行)。

 なお、実効性ある求人トラブル対策をめぐっては、国会審議において紆余曲折があり、筆者はその過程に下記の通り論点整理等を通じて一定の関与を行った。

審議中の職業安定法改正案で固定残業代問題や求人詐欺問題は果たして改善に向かうのか?(参考人意見陳述)(上西充子) – Y!ニュース(2017年3月14日)

求人トラブル防止のための労働条件明示。しかし「募集時」とは労働契約締結の直前までの時期を指す??(上西充子) – Y!ニュース (2017年3月17日)

「募集時とは労働契約を締結するまで」という政府参考人による法解釈は、やはりおかしい(上西充子) – Y!ニュース(2017年3月19日)

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p class=”nobr”>●職業安定法改正案における求人トラブル対策:省令等で定めるべき事項についての論点整理(上西充子) – Y!ニュース(2017年3月26日)

求人トラブル対策:改正職業安定法成立後の省令等は国会審議を踏まえて制定を(上西充子) – Y!ニュース(2017年4月4日)

(※3)青少年の雇用機会の確保及び職場への定着に関して事業主、職業紹介事業者等その他の関係者が適切に対処するための指針(平成27年厚生労働省告示第406号)(2015年9月30日制定。施行は2015年10月1日)

(※4)職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者、労働者供給事業者等が均等待遇、労働条件等の明示、求職者等の個人情報の取扱い、職業紹介事業者の責務、募集内容の的確な表示等に関して適切に対処するための指針(平成29年厚生労働省告示232号)(2017年6月30日制定。施行は2018年1月1日)




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