「学問の自由」を中国に売り渡したケンブリッジ大学の恥ずかしい過去(木村正人)




 [ロンドン発]世界最古の出版社である英ケンブリッジ大学出版局は8月21日、中国国内で中国研究誌チャイナ・クオータリー電子版に掲載された論文や書評315点にアクセスできないようにした自己検閲措置を解除しました。中国の圧力に屈して「学問の自由」を捻じ曲げたという世界的な批判を浴び、わずか数日間で検閲措置を撤回しました。

 まず、問題の経過を振り返っておきましょう。ケンブリッジ大学出版局は18日、ツイッターに次のような声明文を掲載しました。

 「わが出版局は中国輸入局から中国国内で中国研究誌チャイナ・クオータリー(電子版)に掲載された一部の論評や書評をブロックするよう求められました。私たちは他の研究者や教育者に、それ以外の学究的・教育的な出版物を提供し続けるために、この要求に応じました」

 「中国は昨年、出版の自由を原則にする国際出版連合に署名しています。中国やその他の地域における検閲は短期の問題ではないため、長期的なアプローチが求められています。私たちがコントロールできないことが多くあり、この問題を良い方向に導いていく努力を続けていくつもりです」

 22日のツイートで21日付の声明文を掲載します。

 「わが出版局は中国輸入局からの明確な命令に従い、チャイナ・クオータリー(電子版)の論評や書評315点について、中国国内でブロックするという決定を下しました。ケンブリッジ大学の教員と議論したり、北京で中国輸入局の担当者と会合を持ったりするまでの一時的な手段として決定は行われました」

 「ケンブリッジ大学は今週末に中国の担当者と会合を持つ前に、この決定を見直しました。ケンブリッジ大学が拠って立つ『学問の自由』は何物にも代えがたいと判断しました。ケンブリッジ大学上層部と出版局はすぐに、ブロックした論評や書評にアクセスできるよう元通り公開します」

 ケンブリッジ大学は英高等教育専門誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーションの世界大学ランキングで4位にランクされる世界最高峰の大学です。中国輸入局から以前に1000冊を超える電子書籍へのアクセス遮断を求められたのに続き、今回は、この論評や書評はイギリスから中国に輸出できない「発禁」に処すと命じられ、中国国内からアクセスできなくするという検閲措置を自ら講じたわけです。

 対象は1960年代から数カ月前に起きた天安門事件、チベット自治区、台湾といった政治的に微妙な問題に関する論評や書評でした。他の出版社では中国輸入局の命令に従わなかったために、他のすべての書籍へのアクセスが遮断されたところもあるそうです。

 中国ではグーグルやフェイスブック、ツイッターにアクセスできません。中国の公安当局から人権や民主化運動の活動家の個人情報へのアクセスを求められ、応じないと正体不明のサイバー攻撃が執拗に続くため、中国事業から次々と撤退しました。

 利益を最大化するためには手段を選ばないアメリカのテクノロジー企業でさえ「金儲け」より「自由」や「人権」を重視しているわけです。

風の音にも敏感な習近平

 習近平体制下の中国共産党にとって最重要課題は、共産党支配を継続することです。そのためには経済成長を続けるとともに、体制を転覆しようとする動きは徹底的に弾圧しています。

 中国の民主化を訴え、獄中でノーベル平和賞を受賞した人権活動家で作家の劉暁波が入院先の病院で末期の肝臓がんで亡くなった際、死去の報道が制限されたのも、共産党への抗議活動が起こるのを極度に怖れたからでしょう。中国国内では「集会の自由」は認められておらず、オンライン上で集会を呼びかけるのはご法度です。

 毛沢東以来、最強の権力者と言われる習近平ですが、中国共産党大会をこの秋に控えて、体制が少しでも揺らぐのを怖れて、風の音にも敏感になっているのです。

贈賄側と収賄側

 ケンブリッジ大学の説明では、中国輸入局から指定された315点への中国からのアクセスをブロックすれば、出版局の他の書籍はこれまで通り出版できるため、短期的な措置として中国輸入局の命令に応じたということです。

 しかし、ケンブリッジ大学なら、さもありなんと思ってしまうのです。中国が「表現の自由」の弾圧者で、ケンブリッジ大学は「被害者」と見るのは間違っています。中国共産党とケンブリッジ大学は筆者に言わせると、必要的共犯関係にあり、贈賄側と収賄側に当たります。

【温家宝講演】

 2009年2月、中国の温家宝首相がケンブリッジ大学で講演。聴衆の男が突然、立ち上がって靴を投げつけました。男は「どうして大学は独裁者に屈したのか。彼が語るウソを聞くことはできない」と叫んだことがあります。

【5億円寄付】

 12年1月には、中国の「Chong Hua財団」がケンブリッジ大学に寄付した370万ポンド(約5億1800万円)について、英紙デーリー・テレグラフは温家宝前首相の娘Wen Ruchun女史がこの財団の持ち分29%を保有していると報じました。

 Ruchun女史は中国の外貨準備を規制する政府機関の要職についており、Chong Hua財団の初代議長に指名されたケンブリッジ大学教授ピーター・ノーラン教授の教え子でした。ノーランは11年、英下院ビジネス・イノベーション・技能委員会でこう証言しています。

 「政治的安定が絶対的な基盤です。中国共産党は非常に有能な組織です。これからもっともっと有能になる。極めて競争力があり、根本的に成果主義に基づいています。もし、たった一つだけ中国が成し遂げた高度経済成長の制度的な理由を求めるのなら中国共産党が最も重要な理由です」

 中国政府に極めて近い関係者から寄付を受けると、台湾やチベット、新疆ウイグル自治区の問題、中国の人権活動家や弁護士の拘束、気功集団「法輪功」の弾圧について自由に議論されなくなる恐れがあります。

 ケンブリッジ大学側はデーリー・テレグラフ紙に「Chong Hua財団と中国政府の関係はなく、寄付に何の問題もない」と説明しました。英シンクタンク、ヘンリー・ジャクソン・ソサイエティ(HJS)で講演した米ウェルズリー大学教授のトーマス・クシュマンは当時「ケンブリッジ大学が『ハイ、自分たちが腐敗しています』と言えるわけがない」と語りました。

【ダライ・ラマ事件】

 イギリス国教会のカンタベリー大主教を務めたローワン・ウィリアムズはケンブリッジ大学モードリン・カレッジの学長として15年9月、チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世を迎えました。

 その際、ケンブリッジ大学から「私たちはあなたを止めることはできない。しかし大学と中国の関係に鑑みて、これは純粋にあなたの責任で行われることで、大学名もカレッジ名も出さないでほしい」と釘を刺されたそうです。(HJS講演会より)

 中国の留学生は欧米の大学で、どのように自分たちの主張を通すか高度な弁論術を身につけて中国に帰国します。自由や平等、国際協調といった欧米の価値観はまったく吸収せず、帰国後はより愛国的になり、中国共産党に忠誠を尽くすようになると前出の教授クシュマンは指摘します。

「欧米の名門大学への留学は中国共産党内部でエリートの階段を上るためのパスポートにしかなっていない」(クシュマン)

(つづく)




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