北海道池田町「いきがい焼き」は元祖「人生100年時代」の就労モデルである(斉藤徹)



人生100年時代の理想的な働き方とは

 9月から安倍内閣の看板政策「人づくり革命」の一環で始まった「人生100年時代構想会議」。その中で、長寿社会にふさわしい形の教育や雇用のあり方、社会保障のかたちなどが今後議論されていくことになります。

 中でも今後大きな焦点となるのが「高齢期における働き方」です。人生100年時代を迎える中、定年後の長い人生を年金で支える現行の社会保障制度には、限界が訪れることは明らかです。それを避けるためにも高齢者がいつまでも元気に働きつづけることが一層重要になってきます。

 とは言っても、高齢期の就労をただ単純に年金の支給開始年齢の引き上げ、年金減額のバーターとして議論されるのでは本末転倒です。多くの人生経験を積んできた方々がその尊厳を保持しながら、生き生きと働くことが出来る環境づくりが何よりも重要です。ドラスティックな社会環境やテクノロジーの変化に追いついていくための学び直しの機会も大切になるでしょう。

 高齢期の理想的な働き方が模索される中で、その姿を半世紀も前に実現しているモデルに最近出会いました。今回ご紹介する北海道池田町の「いきがい焼き」です。今を遡ること45年前、当時の町長丸谷金保氏の発案で始まった町営の高齢者向け就労施設「池田町いきがいセンター」で作られている陶器のことを指します。現在でも多くの高齢者がセンターに集い、陶器作りに楽しく勤しんでいます。

池田町いきがいセンターの外観(撮影:筆者)
池田町いきがいセンターの外観(撮影:筆者)

「池田町いきがいセンター」の活動内容

 それでは「池田町いきがいセンター」の活動を説明していきましょう。同センターは、池田町駅から車で5分程度、周辺は芝生に覆われた簡素な建物で、元小学校を改築したものです。入り口すぐに陶器の販売所があり、湯飲み、茶碗、徳利、皿、花瓶、ランプシェードなど、さまざまなタイプの作品が販売されています。価格は比較的安価です。湯飲みで350円から、多くは500円から1000円程度です。最も高価な作品は“しまふくろう”のランプシェード(1万2千円)ですが、ふるさと納税の返礼品としても人気ある商品だそうです。

池田町いきがいセンターの販売所(撮影:筆者)
池田町いきがいセンターの販売所(撮影:筆者)

 販売所の先には工房が広がっています。高齢者の方々が思い思いに作陶に励んでいます。筆者が訪れたときには15名ほどの方が働いておりました。現在登録されているのは30名ほど。ここで働くのには、特に難しい条件はありません。池田町在住で60歳以上であることだけです。現在は、61歳から92歳の方々が働いていらっしゃるそうです。

 作業時間は、毎週月曜日から木曜日までの週4日、9時から17時まで。冬場は積雪のため作業場ではなく、自宅での作業となります。

 働く人たちには、週に一人当たり4キログラムの粘土が支給されます。粘土は、地元産粘土に信楽粘土をミックスしたもの。これを元に皆、自分自身で創意工夫を凝らした作品づくりに励みます。ロクロは、機械式ではなく手びねりによります。その方がよりよく手を動かすことで、ボケ防止に繋がるからです。

 作陶が終わると、作品は電気釜で焼かれ、その後各自で色づけをした後に、販売される形となります。作品が売れた場合、売上金の半分は作者の収入となります。

 陶芸作家ではないので、収入が凄いということはありません。多くともせいぜい月数万円程度です。しかし、自分の手がけた商品が売れることで、人の役に立っているという自己効用感を得ることが出来ます。もっと売れるために努力しようという気持ちが生まれてくる。趣味の陶芸以上の何かをここでは得ることができるのです。

ふくろうを作陶する(撮影:筆者)
ふくろうを作陶する(撮影:筆者)

 工房で作業をされていた何人かの方にお話をお伺いしました。みなさん自分の仕事に誇りをもって取り組んでいらっしゃいました。「いきがい焼き」とは、よく名付けたもので、まさに皆、自分の仕事にやりがいと生きがいをもって取り組まれている様子がとても印象的でした。

「いきがい焼き」の発案者、池田町の名物町長

 「いきがい焼き」の発案者は、元参議院議員の丸谷金保氏(2014年死去)です。彼が1957年から5期途中まで、約19年にわたって務めていた北海道池田町長時代にはじめたものです。池田町長はバイタリティ溢れるアイデアマンとしても有名で、赤字状態になっていた自治体財政をわずか2年で再建することをやってのけ、また町内に自生する山ブドウに着目し、「十勝ワイン」の製造・販売に取り組むなど、行政マンらしからぬ八面六臂の活躍を遂げた人物でもあります。

  (丸谷金保氏近影(丸谷金保著『赤字で町はつぶれない』より)
  (丸谷金保氏近影(丸谷金保著『赤字で町はつぶれない』より)

 彼の自叙伝『乾杯!ワイン町長』(昭和51年)に、「いきがい焼き」のエピソードが綴られています。

 彼が高齢者の就労を思いたったきっかけは、ボーヌ(フランス)の養老院を視察した時のこと、ここでの老人たちは、掃除や畑作業、軽作業を積極的にこなしておりました。そしてその姿はとても生き生きとしていました。

 「人間というのは、動くことが生きがいの原点なのだから、軽作業でもなんでも、とにかく退屈しないように元気なうちは何か仕事をしてもらうということ、そういう方向に老人福祉の問題をきわめていかなければならない」(前掲書)そのように丸谷町長は考えたのです。

 その当時、利別川の堤防工事中に縄文時代の壺や石器が発見されたことから、地元に良質な粘土が見つかりました。寒冷地という気候上の問題もあり、「焼き物の産業化は困難でも高齢者の生きがいづくりとして陶芸にチャレンジしてもらおう」そして生まれたのが1972年に始まった「いきがい焼き」なのです。

 ちなみに参議院議員をリタイアした後、丸谷金保氏自身も80歳の手習いとして「いきがいセンター」で、他の利用者と共に10年以上、陶芸にいそしまれたそうです。まさに理想的な後期高齢期の過ごし方であると言えるでしょう。

高齢期の生きがい就労はどうあるべきか

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p class=”nobr”> 池田町で「いきがい焼き」がスタートしてから半世紀近くが経過しましたが、活動は途切れることなく現在でもなお、多くの地元の人々の支持を得て続いています。

 冒頭にも述べましたが、高齢期における働き方は本来多様に選択されるべきで、「シルバー人材センター」での職業紹介だけにとどまらない、さまざまな選択肢が用意されることが望ましいと言えるでしょう。定年以後の再雇用制度もあり、高齢期の就労率は近年上昇傾向にありますが、これにより多様な働き方が実現されているかというと、一概にそうとも言えない現実があります。

 池田町の取り組みを他の地区でまるごと導入するのは、時代の流れから言っても無理だとしても、ある種のエッセンスとして学べるところは多くあるのではないでしょうか?地域産品の生産工程に高齢者の人々に参画していただく、不足する職人の一部を高齢者が担うなど、今後ますます人手不足が予想される中、高齢者の人たちが無理なく働ける労働環境づくりは必須であると言えます。地元に生き生きとした高齢者が生活していることは、地域におけるシビックプライドの醸成にも繋がっていくことでしょう。




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