電通過労自殺裁判の罰金50万円判決は軽いか重いか(城繁幸)




新入社員に月100時間を超える残業をさせ過労自殺させた問題で起訴されていた電通ですが、今月6日、罰金50万円という求刑通りの判決が下されました。厚労省と検察が本腰を入れて追及し、結果的に裁判にまで持ち込まれた本件には、多くの人達が注目していました。

「二度と悲劇を繰り返さないためにも、悪の大企業をやっつけよう」

「裁判をきっかけに日本の悪しき慣習をなくそう」

そういう期待をしていた人も多かったように思います。

が、出てきたのは罰金50万円ぽっきり。きっと驚いている人も多いはず。

なぜ違法な行為で人を死なせておきながら50万円で済むんでしょうか。

そもそも、なぜ電通の過労自殺問題はここまで注目を集めることとなったのでしょうか。

最初から落としどころは決まっていた

結論から言うと「長時間残業自体が違法というわけではなく、その手続き上の問題だったから」ということになります。最初からこの程度の罰金刑で終わることは決まっていたわけです。

日本には実質的に残業時間の上限がなく、労使が三六協定で決めた範囲内ならいくらでも残業することが可能です。実際、普通の大企業なら月100~150時間まで残業可能と取り決めている企業が大半で、実際ちょくちょく過労死は発生しますが事件にはなりません。電通はなぜか月70時間と控えめに上限を設定し、そして見直しもしていなかったからアシがついたわけです。

月150時間残業できるようきっちり手続きしておく会社の方が模範的だとは、筆者にはとても思えませんね。

「でも、電通をこれだけイジメておけばよその大企業にもよい教訓になるんじゃないか」

と思う人もいるかもしれません。教訓にはなるでしょう。事務手続きに漏れがあると大変だ、という教訓が。だから、そういう事務周りのコンプライアンスは(少なくとも同種の問題が起きればメデイアで取り上げられる)大企業で今後厳しくチェックされるでしょう。それで労災そのものが減るとはとても思えませんが。

繰り返しますが、現状、労使がきちんと手続きを踏めばいくらでも残業をさせられる状態であり、電通はその手続きに漏れがあったから罰金50万円が課されたということです。長時間の残業そのものを違法としない限りは、同種の問題はなくならないでしょう。

なぜ残業上限が存在しないのか

そもそも、なぜ日本では残業に上限が無いんでしょうか。

普通の国なら、繁忙期になれば経営者は

「人手が足りない。もっと人を採用しよう!」

といってどんどん従業員を採用するし、人手不足ならどんどん賃金も上がっていきます。

一方、従業員は従業員で残業に付き合う義理はないわけで

「仕事がまわらない?それは経営の責任だろう。定時になったから帰らせてもらうよ」

といって勝手気ままに振る舞います。経営者でも株主でもない労働者なんだから当然ですね。それで会社が傾いたら転職すればいいだけの話。労働者には何の関係も責任もありません。

ただし。ここ日本においては、そうしてしまうと経営者も従業員も非常に困ったことになります。経営者は仕事量に合わせて人を採ってしまうと暇になった時に誰かをクビにしないといけませんが、終身雇用の日本ではそれはまず不可能です。

従業員も好き勝手やって会社が傾いたらさくっと転職できる人もいないではないですが、やはり終身雇用ベースの日本では新卒カードを使って入った会社が傾いたら困る人が大半でしょう。そういう人たちはきっと「経営者以上に経営目線」であるはず。

というわけで、

経営「忙しいけど、月150時間くらい残業して頑張ってくれ。それと、賃上げも将来に備えて我慢してね」

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p class=”nobr”>労組「任せてください週1日でも2日でも徹夜しますから。賃上げ?いいですよムリしなくても」

という具合にお互い支え合ってしまう結果、就職氷河期と呼ばれるほど働き手が余っている状態でも普通にサラリーマンが過労死し、人手不足が叫ばれるようになってもぜんぜん賃上げされない摩訶不思議な日本国が出来上がっているわけです。

残業時間に上限が無いのはこういう構造的な背景によるものです。だから、そういう構造的な事情にメスをいれる(解雇規制緩和と残業上限をセットで導入)ことなく残業に上限だけ作ろうとしても骨抜きになるか、持ち帰り等のサービス残業が増えるだけでしょう。

電通の“事件”は良くも悪くも多くの耳目を集めました。その結果が罰金50万円に過ぎなかったという現実から、一人でも多くの人に「終身雇用が抱える矛盾の深刻さ」に気付いて欲しいというのが筆者の願いです。




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