最小ゲノム生物の発見(西川伸一)




これまで培養可能な最も小さな自立生命はマイコプラズマと思っていた。ゲノムの大きさは約60万塩基で(30億塩基の人間の5000分の1以下)500近い遺伝子が存在する。ヒトゲノム解読で有名なベンターらはちょうど17年前、マイコプラズマの遺伝子を片端からノックアウトし、自立生命の維持に必要な遺伝子は300近くまで減らせることを明らかにした。300種類のタンパク質の組み合わせで自立生命が可能なら、人工生命が21世紀中に可能になるのではと期待を持たせた論文だった。

しかし上には上がある。カメノコハムシの消化管に共生している細菌の一種はなんと最初から27万塩基(人の1万分の1)のゲノムしかないという論文がエモリー大学の研究者から発表された(Salem et al, Drastic genome reduction in an herbivore’s pectinolytic symbiont(草食の昆虫でペクチン分解を受け持つ共生細菌ではゲノムが大きく縮小している), Cell, in press, 2017:https://doi.org/10.1016/j.cell.2017.10.029)

植物を主食にしている昆虫は、固い細胞壁を壊すために様々な細菌と共生していることが多い。カメノコハムシも同じで、消化管で植物を分解している共生細菌を調べるうち、ボルバッキアとともにStameraと呼ばれる細菌が存在して植物のペクチンを分解していることがわかった。このカメノコハムシとStameraの共生は、米国、日本、ドイツ、ニュージーランドから採取したカメノコハムシでも確認され、ほぼ世界共通にみられる。

共生自体は珍しいこともないが、共生関係を子孫に伝える仕組みを調べるうち、驚くべき巧妙な仕組みがあることがわかった。ペクチンは昆虫の消化管に存在することから、当然Stameraは消化管に存在している。しかし、次の世代は卵として産み落とされるため、消化管のStameraは消化管に住み着いているだけなら子孫に伝わらない。

この問題を解決するため、なんとカメノコハムシはメスの生殖器官にもStameraを維持していることがわかった。そして、生殖器官内で卵の周りのカプセルに閉じ込められ、これが次世代の消化管に住み着くことになる。卵のカプセルに穴を開けてStameraを卵から取り除くと、幼虫の生存率が極端に落ちることから、卵の中に閉じ込めたStameraが子孫の生存に必要とされていることがわかる。

そして最も驚くのがこの研究のハイライト、DNA配列から明らかになったゲノムの大きさだ。なんと全部で271175bpしかなく、遺伝子も251個のしか特定できない。植物の細胞壁のペクチンを分解して昆虫に提供するための酵素群はしっかり存在する。しかし、独立生命の代謝の維持に関わる遺伝子の多くは捨ててしまって、昆虫から得られる栄養分でまかなっている。

これほど栄養分をホストに依存しているとなると、卵の中でStameraが維持できることに驚く。おそらく栄養分の多い腸管と比べると卵ではほとんど増殖しないと思うが、カメノコハムシもStameraの生命が維持できるよう卵に必要な栄養分を供給していることになる。

昆虫から何が栄養として供給されているか突き止められれば、世界最小ゲノムの生物の培養が可能になるだろう。そして培養が可能になれば、251種類の分子を分離して、もう一度人工的に組み立ててみようと挑戦する研究者も出てくるだろう。

ベンターの研究が発表された時はまだ半信半疑だったが、21世紀、生命のない部品から生命を再スタートさせる研究が生まれる予感がしてきた。


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