犯罪と脳(西川伸一)



脳障害により犯罪が誘発される

犯罪者の脳は、脳科学の古くからのテーマだ。私たちの行動を脳活動の結果だと捉えると、当然犯罪も脳の問題になる。

脳科学の本を読むと、それまで良き市民として生活していた人の性格が一変し、犯罪を犯す例がいくつも紹介されている。最も有名なのは、19世紀WilliamsとHarlowにより記載されたPhineas Gageの例だろう。思いやりのある良き市民として生活していたGageは、鉄パイプが左目の下から前頭葉を突き破る事故に遭遇し、命は取り留めるが腹側正中前頭前皮質(vmPFC)が大きく障害される。そしてこの事故の後、それまでは慎しみ深い紳士的性格が一変し、粗野で凶暴な性格に変わってしまう。

さらに大きな悲劇として知られるのがチャールズ・ウィットマンの例だ。真面目で優秀なテキサス大学の学生だったウィットマンは、気がつかないうちに脳腫瘍にかかり、腫瘍が扁桃体と視床下部を圧迫し始めると性格が一変し、ついに母親、妻を含む16人を射殺してしまう。彼自身も、刑事に射殺され、その後の解剖で脳腫瘍がわかる。

犯罪に走らせる脳障害についての新しい論文

このように、様々な脳障害で犯罪が誘発されることはもはや疑う研究者はいないが、ほとんどの研究が症例についての研究で、対象が対象だけに多くの犯罪者を集めて包括的に調べることは簡単ではなかった。

この状況をビッグデータ解析で乗り越え、40人もの犯罪者の脳の共通性について調べた論文がバンダービルト大学と、ハーバード大学の研究者により米国アカデミー紀要オンライン版に発表された(Darby et al, Lesion network localization of criminal behaviour(犯罪行動の病変とネットワークの局在性), PNAS, in press: www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1706587115)。

脳障害が犯罪を誘発したことが明らかな報告例40例をもう一度読み返し、1000人の正常人のMRI解析をもとに明らかにされた脳内各領域のネットワークと、犯罪を誘発した障害領域を重ね合わせて、犯罪につながる脳ネットワークを特定しようと試みた研究で、MRI検査が行われている症例報告を見直すことで、ここまでの分析ができることに驚いた。

研究の概要

研究では犯罪者の脳イメージング検査が記載されている論文を検索し、信頼できる40症例を抜き出している。次にこの中から、脳障害と犯罪との時間関係がはっきりしている17人の分析を行い、間違いなく脳障害で犯罪が誘発されたケースに共通する脳の変化を調べている。

これまで、Gageなどについて書いている本では、犯罪や性格とvmPFCなどの特定の脳領域との関係が強調されてきたが、17人症例を集めてみると、障害部位は極めて多様で、特定の部位を犯罪行動と連関させるのは難しいことがわかる。

そこで著者らは、障害される領域は違っていても、各領域は大きなネットワークの一部ではないかと着想し、1000人の正常人について脳内各領域の結合性を調べたデータベースを利用して、17人の障害部位が重なり合うネットワークがないか調べている。結果は予想通りで、17例全員で障害されている部位は、Gageが喪失したvmPFCと結合しており、また大半がdmPFC(vmPFCの上方に位置する領域)とも結合していることを突き止めている。

あとは、今回の研究で見えてきたネットワークと、様々な性格や行動に関わるネットワークとの相関をデータ解析し、

1) これまで道徳に関わるとして特定されていた、価値判断に関わるネットワークや、Theory of Mind(他人が自分と同じように考えているという認識:以前の拙文参照)のネットワークと深く関わること、

2) 功利主義的、非道徳的行動に関わる回路と、不公正を拒否する道徳的回路の両方に犯罪行動と関わるネットワークは連結しており、功利的or道徳的に行動するかの綱引きの最終判断をしていること、

を明らかにしている。

最後に、障害歴と犯罪歴の時間関係がわからないため、最初の解析から除いた23例について、今回明らかになったネットワークにそれぞれの障害領域が重なるかを調べ、障害領域が犯罪行為と関わるネットワークと重なることを確認している。すなわち、原因を問わずネットワークに障害が起こると犯罪に走る確率が高まることを明らかにしている。

感想

ビッグデータの解析論文を読むといつも結論先にありきかという疑いを抱くが、結論は理解しやすく、逆にこれまでのデータを掘り起こしてここまでの解析ができるのかと、新しい科学の時代を感じる。

しかしこのような論文を読むと、犯罪をどう罰するのか考えざるをえない。この話を受け入れるということは、すべての犯罪者を、他の精神疾患と同じように脳の多様性という枠で捉えるということだ。とすると、犯罪者の何をどう罰すべきか?凶悪犯罪の脳は抹殺すべきと言っていいのか、はたと考え込んでしまう。

自分もほんの小さな脳領域の障害で、16人の人を殺すかもしれないなら、脳の多様性を受け入れる社会と、懲罰的な死刑を受け入れる社会は両立しないと思う。どちらを選ぶか脳科学も考慮して考え直す必要があると思うが、個人的には、死刑を科すことの問題点を強く感じる。とはいえ、映画「カッコーの巣の上で」に描かれるような脳操作を加えることはもっての他だ。悩ましい問題を抱えてしまった。




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