(朝鮮日報日本語版) 【萬物相】「禁書作家」馬光洙(朝鮮日報日本語版)



 25年前馬光洙(マ・グァンス)氏が小説『楽しいサラ』を発刊した。挑発的性を綴(つづ)った淫乱物として指定され、禁書となった。担当検事のキム・ジンテ氏は「これは文学ではない」と言った。「1万冊の本を読んだ」という愛読家検事の所見だった。法学部教授のアン・ギョンファン氏は「憲法が保護する芸術的価値に欠けた法的廃棄物」と鑑定した。後日、ベテラン弁護士のハン・スンホン氏が一喝した。「裁判官の中にこの小説を読んで性的に興奮した方がいないのだから、淫乱物ではない」。判事も笑ったという。

 一歩先を行くと周囲を摩擦を起こし、「半歩」だけ前を行くと世の中を変えられると言った。芸術もそうだ。馬光洙氏がベランダで首をくくった姿で発見されたという今、判断は留保する。「自由な官能」を追い求めるという馬光洙氏が、文学史に名を残す作品を書いていることを願った。馬光洙氏のような逆光が一筋くらいはあってこそ、韓国の文壇も多様性について語れるのではないかと思ったのだ。耽美(たんび)主義的な自殺作家が数人いる日本のある文芸雑誌は「ある作家の自殺は一時代の締めくくりを意味する」と書いた。

 米国のヘンリー・ミラー氏も性を赤裸々につづった。『北回帰線』『南回帰線』が出たのは1930年代だ。英米で発売禁止となったものの30年後にはこれが解かれた。今では古典とされるほどだ。フランスのジャン・ジュネ氏は悪を美の根源とする絶対背徳を描いた。サルトル氏は評論『聖ジュネ、俳優兼殉教者』を書き、これを擁護した。馬光洙氏の死を哀悼する出版界のある人物は「わいせつ裁判がなかったら、韓国にもジュネやミラーのような作家が現れていたかもしれない」と嘆いた。

 馬光洙氏初の詩集『狂馬集』にはこう書かれている。「お母さん、私は親孝行という言葉が嫌いです/私は何も生まれたくて生まれてきたわけではありません。お母さんは/私を生みたくて生みましたか」。ジャン・ジュネ氏に負けずとも劣らないくらい反逆的だ。しかし最後まで読むと、結論は愛で締めくくられている。母情の出発をこのように「偶然」と書いた人がいなかっただけだ。『私はいやらしい女が好きだ』では、馬光洙氏は「ベタベタに塗りたくられた1パウンドの粉の下で/純粋な顔はまるで宝石のように輝く」と書いた。馬光洙氏は転覆を夢見た。

 米国には、創意力と自殺衝動の間にはある関係が存在する、といった研究があるという。詩人や作家が一般人よりも重度のノイローゼにかかる確率が4倍にも上るというのだ。馬光洙氏は、一歩先を進んだ分だけ社会を惑わせた。国家は刑事処罰を下した。知性集団である大学で解職、休職を3度も繰り返した。馬光洙氏は「本性に率直な思考だけが韓国社会の後進性を変革することができる」と説いた。自ら選んだ死は、最後の変革への試みだったのだろうか。斎場を訪れる弔問客は少なかったという。

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