休日に「ボーッとできない」を乗り越える方法(東洋経済オンライン)



慢性的に脳が疲れている状態の現代人。ボーッとして疲れを取ったほうがよいときでも、スマートフォンをつい見てしまったり、「そういえばあの仕事どうなったかな」「明日は何をしなければいけないんだっけ」とつい考えてしまい、心身が休まる暇はないようです。鎌倉・月読寺の住職であり、座禅・瞑想の指導をする小池龍之介氏に、上手に脳を再活性化させる「ボーッ」とする方法についてつづっていただきました。

■何もしない時間

 今回は、ボーッとすることについて考察を深めてみたいと思います。ボーッとすると、心身が休息するということは、何となく誰もが知っているはずですね。

 仕事に疲れてお風呂につかっているときや、何をやってもうまくゆかず、ひとまずあきらめて寝転がってみるときや、はたまた待ち合わせに早く着きすぎてポケーッとしているとき、などなど。

 その際にも、スマートフォンに夢中になったり、集中して本を読んだりすると、ボーッとできません。思うに、ボーッとすることの本質は、意識が具体的な「何か」への興味を失っていることにあるからです。

 現代人は、残念ながらつねに情報の入出力を繰り返して、いつも「何か」に興味を持っているので、心休まりません。

 ところがそれでもなお、どうしても疲れ切ったときや、大きな仕事が一段落したとき、完全に行き詰まってあきらめたときなどには、ごく自然に放心したようになり、何もかもどうでもいい気分になるものです。心身のリズムとしては、さすがに限界になる前に、あらゆる「何か」への欲望を放り捨てて、ボーッとして休息する防衛措置を取っているのかもしれません。

 そういうわけで、誰しも知らず知らずのうちに「ボーッ」とすることの恩恵を受けてはいるはずなのです。ところが同じ「ボーッ」とすると申しましても、その内容や質は各人各様に、まったく異なるものでしょう。

 大まかに分けてみますと、ボーッとしていったん何も気にならなくしてリセットするのが上手な人もいるでしょうし、ボーッとしているつもりでもその途中でいろいろなことが気になってあまり休息にならない人もいることと思われます。

 では、この両者の差はいったい、何でしょうか。どうせボーッとするなら、上手にボーッとすることがかなうように、いくつかのヒントを提案いたしましょう。

 ボーッとしているときの、思考について思い出してみてください。ボーッとしているとしても、何らかの考え事は頭の中で展開しているものですね。

【関連記事】


こんな記事もよく読まれています



コメントを残す