ガンダム富野監督・ボトムズ高橋監督が語る「師・手塚治虫」の壮絶秘話



産経新聞

 「鉄腕アトム」や「ブラック・ジャック」など数々の傑作を手掛けてきた漫画家、手塚治虫(1928〜1989年)。漫画家として活躍する一方、アニメ制作スタジオ「虫プロダクション」(虫プロ)を立ち上げ、日本初の連続テレビアニメ「鉄腕アトム」などアニメの制作に並々ならぬ情熱を注いだことでも知られる。虫プロからは日本アニメ界を支える人材を多数輩出。「機動戦士ガンダム」の“生みの親”、富野由悠季監督、「装甲騎兵ボトムズ」の高橋良輔監督の2人も虫プロ草創期を支えた元社員だ。虫プロ退社後、日本サンライズ(現サンライズ)でガンダムやボトムズなどを制作、日本アニメ界を牽引(けんいん)してきた2人の巨匠監督が語る師・手塚の姿は想像を絶するものだった。(戸津井康之)

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昭和37年、34歳の手塚治虫。この年に虫プロダクションを設立した

アトムからトリトン、そしてガンダムは生まれた

 「アニメ作りに懸けるエネルギー、情熱は凄(すさ)まじく、誰も追いつけるものではなかった……」

 手塚がアニメ制作へ懸けた“創作魂”を間近で見てきた2人は、こう口をそろえて語る。

 「疲れ果てて未明に作業机の下に潜り込んで仮眠していると、枕元を人影がすうっと通る気配がするんです。手塚先生が休まずに作業をしている。午前4時か4時半頃にですよ……」

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「亡くなる少し前、手塚先生に認めてもらえたことがうれしかった」と富野由悠季監督は語った

 昭和39年に虫プロに入社。「鉄腕アトム」の制作進行係から始め、演出や絵コンテなどを担当した富野監督が、師匠のこんなエピソードを明かす。



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